相変わらず毎日、松尾美樹ちゃんのことばかり考えている。 かわいかったなぁ、おっぱい大きかったなぁ、とか、楽しかったことばかりを思い出しているが、 最近は悲しかったことも少々思い出す。
伊勢丹に行く途中の地下道で、「新宿の母」の占いを待つ女性の列で、俺が通りすぎるときにふっと顔を背けた人がいた。背格好、雰囲気から、あれは美樹ちゃんだったに違いない。 これは、俺の会社が倒産するちょっと前のはずだから、1993年の春だっただろうか。俺が29歳、美樹ちゃん28歳か。
美樹ちゃんは、21歳で結婚して離婚したあと、30歳で再婚して千葉県船橋市習志野台(ややこしいな、船橋なのに習志野だ)に引っ越した。 本人は大阪出身、新旦那は桐生出身で、なんでそんな縁も縁もないところに引っ越したのか、本人たちに聞く術がないので、想像するしかない。
一番想像しているのは、帰依していた教会が近いからに違いない。 いや、しかし、だとしても今思い返すと変なんだよ。
それまでは、世田谷区上北沢の教会に通っていた。賀川豊彦にゆかりのある、由緒正しい教会。そうだ、日曜夜の礼拝に父親と二人で行く後ろ姿を見ていたなぁ。
で、結婚して、それまでの生活とまったくつながりのない習志野台。駅なら、新京成電鉄の北習志野駅。結婚して新生活を営むとしても、どんなつながりがあったのだろう? ・・・これは多分もう永遠の謎だな。
でまぁとにかく、二十歳前からキリスト教会に通っていて、再婚相手は面識も確証もないけれどどうもクリスチャンだろうと想像する。
で、教会は日曜礼拝がメインイベントだから、きっと参加しているだろうと当たりをつけた。とはいえ、教会はいくつもある。でも、美樹ちゃんが行きそうな教会はなんとなくだけど想像がつく。いくつかあるけど、日曜の正午過ぎに、その教会の最寄り駅に行ってみた。そして、そこから美樹ちゃんの住まいがある北習志野まで乗ってみようかと。なにしろ新京成電鉄なんて千葉のローカル線に乗ったことがなかったのだ。
日曜昼間の新京成電鉄は本数が少ない。しばらく待つ。来た電車に乗る。 「ほー、こういう電車か」くらいの感想しかない。
で、その何気なく乗った電車に、教会帰りの美樹ちゃんも偶然乗り合わせていたらしい。
昼下がりのガラガラの電車の同じ車両に乗っていたらしい。こちらは気づかなかったが、北習志野駅に到着直前に気づいたらしい。いや、こちらもちょっと気がついた。俺の方を見た女性が落ち着かない感じで慌ただしく俺と離れる方向に車内を歩く。
着いた電車のドアが開くと同時に小走りに出て行く。 ホームを早足というよりも早くかけていく。ちょっと後ろを振り返る。また走り出す。
この時点で、「あぁ、あれ、きっと美樹ちゃんだ、美樹ちゃんだけど、こうやって走って逃げるようでは、追いかけてつかまえようとしても逃げるだけだし、話しなんかできないだろう」と思って、追いかけるのをあきらめた。 のんびりと歩いて改札を出て、駐車場に停めておいた。車に向かう。
あの、こちらを振り返りながら(多分)おびえた顔で小走りに駆けていく美樹ちゃんの姿をなんとなく憶えている。当時は、なるべくなにも考えないようにしていたが、いま思うと、やっぱり悲しいな。話しもしたくない、顔も見たくない、というのを体全体で表現していたのだから。
このとき美樹ちゃんは32歳か、34歳くらいか。 なんにしても、二人ともいま思えば若かった。でも、我々二人が壮絶な別れを経験したのは21歳と20歳のとき。 もう後戻りできない年齢だったのかもしれない。
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