松尾美樹ちゃんはかわいかった。 いろいろなことを憶えている。 初めて正式に裸にしたとき、ブラジャーを外して「結構あるでしょ」と言ったこと、 「したいの。したくてしょうがないの」「飲んでみたい」「中に出しても良かったのに」
でも、ある時から行き違いが気になるようになってきた。 本当はこの子の方が俺よりも頭がよくて優秀だったのだ。
その帰結が、弁護士を間に入れての別れ話になった。
その手紙が来てから、始めたばかりのアルバイトの帰りに原宿から徒歩12分くらいの美樹のアパートに行った。少し前からまた母親が転がり込んできていて、六畳一間にキッチン、和式のトイレ付きの部屋に親子二人で住んでいたようだ。まぁ隣の部屋は美容師と彼女が同棲していたようだから住めないことはないのかも。
で、その部屋に行ったとき。コンコンとノックすると、それまで部屋の中での美樹の歌声がピタッと止まる。母親が扉の内側で、こちらが外側で会話する。 会わせてほしいと言うが、反応はない。またこの母親がちょっと(かなり)変な人で、この時から数カ月前、五反田の旧セメダイン本社ビルの住み込み管理人を夫婦でしていて、な・ぜ・か、ある日突然美樹ちゃんに「母親に会ってくれ」と言われる。 のこのこと五反田に行くと、その母親と一対一で話すことになる。で、私自身が発達商大だからかもしれないが、このお母さんの言っていることが意味不明。 曰く、「うちの娘とつきあうのなら一筆書け」という。こちらもまだ成年していない幼い大学生で、なにを言われているのか把握できない。こちらもなんとか言い逃れして一筆書かされるのは回避したが、しかしなにを言いたかったのだろう。娘と結婚しろということか。別れるときにはカネ払います、か。
その五反田が、多分1984年の初夏から夏。そして秋になって千駄ヶ谷に引っ越して、1985年の冬〜初春にわかれることになり、上記のような、それまで何回も部屋に入れてもらい、泊めてももらい、何回も何回もセックスしたのに顔を見ることさえかなわなかった。
その後すぐ、2月の終わりか3月に美樹は千駄ヶ谷をあとにする。でもどこに引っ越したのかわからない。そりゃそうだ、
その後、なにかの時に大学にやってきた。私の通っていた大学は変なところで、24時間誰でも出入りができた。 で、ある日、すでに別れたはずなのにやってきて、渋谷のホテルで一夜をともにすることになる。 でも確か、上に着ていたジャケットはスペンサージャケットというか、丈の短いものだったが、原色の緑で、ちょっと派手だなぁ、とかそれまで美樹ちゃんが着ていた服とは違うなぁ、と感じていた。下はたしか茶色?のロングスカート。 この時、二人で朝食食べに行ったのは、またまたまたマグドナルドだった気がする。
これが、喫茶店でモーニングに行くくらいの甲斐性があればなぁ。
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